隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

ちぎれた鎖と光の切れ端

荒木あかね氏のちぎれた鎖と光の切れ端を読んだ。本書は二部構成になっていて、第一部は倒叙的な記述になっており、友人グループで孤島のコテージに宿泊するメンバーの中に、仲間を殺そうとしている男が紛れ込んでいるというストーリーになっている。その男は樋籐清嗣で、高校時代の先輩の恨みを晴らすために他の六人をヒ素で毒殺しようと計画していた。そして、自らも自殺し、自動で犯行声明がインターネットに投稿されるようにしていた。しかし、樋籐が行動を起こす前に、メンバーの一人が頭部を殴られて、顔も潰されて殺されている死体が発見された。そこから連続殺人が起きるのだった。

孤島のコテージという設定だけで連続殺人が必ず起きるだろうと思って読むと、確かにその通りになるのだが、本書はちょっとひねっていて、犯罪を計画していた男が手を下す前に殺人が次々に起こってしまう。それは誰もい亡くなったを思わせるように、一人ずつ殺されていく。そうなると、犯人がわかっていると状況で読んでいたはずなのに、「実は別な犯人がいるのか?」という展開になる。しかもこの小説は二部構成になっていて、第二部では第一部の事件の三年後から始まり、登場人物を完全に変えてストーリーが始まるが、そちらでも連続殺人事件が起こっているのだ。当然一部と二部はつながっている。第一部の終わりで何が起こったかはわかるが、なぜそんなことが起こったのかは第二部を読まないとわからないようになっている。前作の動機もちょと驚きだったが、この小説の犯人の動機もかなりぶっ飛んだ感じなっていて、そういうこともないことはないとは思うが、どうなのだろう。