隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

Iの悲劇

米澤穂信氏のIの悲劇を読んだ。

周辺市町村が合併して誕生した南はかま市。その東側に位置した旧・間野市の更に東端に蓑石という村があった。市街地を抜け、交通量の少ない山道を渓流に沿って進んでいくと、左右から暗い山が迫ってくる。道が消えてしまうような錯覚にとらわれるような谷間を通り抜けると、開けた場所に出る。そこが蓑石だ。そこから人がいなくなって六年が経過しており、打ち捨てられて田畑や家々が自然に侵食されている。南はかま市の市長は何を思いついたのか、そこに市の外から新しい住民を呼び込むIターン支援推進プロジェクトを立ち上げた。この物語は、そこに新たに移り住んだ人たちの物語だ。繰り返すが、蓑石は一度誰もいなくなった集落だ。

本作は連作短編になっていて、「Iの悲劇」、「軽い雨」、「浅い池」、「重い本」、「黒い網」、「深い沼」、「白い仏」、「Iの喜劇」の8編が収められている。「Iの悲劇」と「深い沼」は謎らしい謎がなく、つなぎの物語だと思われるが、それ以外は日常の謎の範疇のミステリーで、ストリーで提示される謎はその中で解決されている。

この本を読んで思い出したのは以下の言葉だ。

歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。

こう書いてしまうと、何が起きたかというのは想像がついてしまうだろうが、なぜこのようなことが起きたのかというのが、最後の「Iの喜劇」で種明かしされる趣向になっている。最初からそのように構想して物語を書いていったのかはわからないが、まさに喜劇だ。

生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者

アンドリュー・メインの生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者(原題 The Naturalist)を読んだ。

アメリカの北西部、カナダとの故郷に位置するモンタナ州、その山中のフィールドワークをしていた生物情報工学の教授であるセオ・クレイはジョニパー・パーソンズの殺害の参考人として警察に連行された。ジョニパーはかってはセオの学生であり、たまたま同じエリアでフィールドワーク中に何者かによって切り裂かれて殺害されていた。たまたま近くにいて、ジョニパーを知っている人間であるセオが参考人として浮かび上がったのだが、間もなくその疑いは晴れ、警察の捜査の結果、熊によって襲われたのだろうということになる。そして、周辺にいた熊が発見され射殺された。熊の前足には血がついており、その血がジョニパーのものと一致すれば、事件は解決するはずだった。ところがだ、セオはなんとなくその事件に疑問を抱き、熊から採取した検体を窃盗し、自分でDNA解析を依頼したのだ。そして、殺処分された熊はジョニパーの殺害には関係ないという証拠をつかんでしまった。

読む前はもっとミステリーらしい小説家と思っていたのだが、読んでみたらこれはハードボイルドだと気づいた。主人公のセオは生物学をコンピュータを用いて解析する学者なので、理系の知識を用いて証拠に迫るところもあるにはあるのだが、どちらかというと勘に頼って、ぐいぐい事件にかかわっていくタイプの男だ。MAATという自作のソフトでデータを処理して、可能性を絞り込んでいくのだが、それだけで解決できるわけではなく、最終的には現場に乗り込んでいってしまう。日本語のタイトルには「生物学探偵」となっているが、セオの本職は大学の教授で、夏休みの期間にモンタナ州でフィールドワークをしていたのだが、その予定がどんどん伸びて行って、新学期になっても大学のあるテキサスには戻れなくなってしまっている。大学の教授なので当然荒事はからっきしで、ストーリーが進みにつれて体はボロボロになってしまっていて、最後のところではもう瀕死の重傷だ。この作品はシリーズ化されているようだが、ここまでボロボロになっているのに、次回作につなげられるのかと心配になってしまうほどだ。犯人も特殊な人物なので、そのあたりもいかにもアメリカの小説という感じがした。しかも、どうやっても理詰めでは犯人にたどり着けないので、純粋な謎解きを期待して読むとがっかりするだろう。