隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

水よ踊れ

岩井圭也氏の水よ踊れを読んだ。この作品は北上ラジオの第34回で紹介されていた。

迷っている場合ではない。岩井圭也の『水よ踊れ』を読むべし! 【おすすめ本/北上ラジオ#34】 - YouTube

香港が中国に返還されて約四半世紀が経過した。この物語が始まるのはちょうど香港が返還される前年の1996年の夏からだ。日本の大学に通う瀬戸和志は交換留学生として一年間香港大学建築学院にやって来た。交換留学生という手段を使って、香港に戻ってきたのだ。彼は中学から高校にかけての4年間父親の仕事の都合で香港に住んでいたことがあった。その時に知り合った同年代の不法入国者の少女(胡梨欣)が廃マンションの屋上から転落死し、その場面を目の当たりにした。和志はなぜ彼女が転落死したのかわからなかったが、現地の警察は誤って転落したと判断し、事件性のない事故死というのが警察の見解だった。和志は父親の仕事が一区切りついてちょうど日本に帰るところだったので、それ以上のことは分からずじまいで香港を離れた。それから三年後和志は交換留学生として香港に再びやってきて、彼女がなぜ死んだのかを調べようとするのだった。

メインのストーリーは和志が胡梨欣の死の経緯を探るのだが、時代が香港返還時に設定されているので、当時の香港の雰囲気を描くことも作者のたくらみのひとつだろう。50年は一国二制度を約束して、香港人を宥めようとしたが、それを信じる香港人は当時はほとんどいなかっただろうと思う。実際どうなったかは25年後の我々が見ていることだ。ただ、香港には民主派だけがいたわけではなく、北京派の人たちも多くいただろう。物語は1997年の視点と、過去の物語として語られる視点とが交互に合わさることにより、3年前の事件の時に何があったのかが両方から明らかにされていく。これはあの当時だから起こりうる出来事なのだろうなぁというのが率直な感想だ。あの時以外ではなかなか説得力を得ない。物語の最後でいきなり時間が未来へと飛び、ある仕掛けが施されている。1997年当時にはわからなかったあることが明らかにされている。ちょっと不思議だったのは和志と同室の北アイルランドからの留学生だ。もっと、何らかの活躍があると思ったのだが、北アイルランド内の対立の話を香港内部の対立に絡めるぐらいの役割しかなかったのが意外だった。