隠居日録

隠居日録

2016年(世にいう平成28年)、発作的に会社を辞め、隠居生活に入る。日々を読書と散歩に費やす

話を戻そう

竹本健治氏の話を戻そうを読んだ。この小説はどのように形容してよいのか、また、どのような小説であるのか説明するのが難しい。

物語は佐賀鍋島家十代藩主直正の別邸から始まる。ほどなくして、作者は物語の舞台である幕末の状況について鍋島家を中心に語っていく。鍋島家といえば江藤新平が幕末の重要人物なので、当然江藤についても言及がある。そしてひとしきり語った後、再び直正の元に話が戻り、商人屋敷での不思議な物音の話になり、岩次郎に話が飛ぶ。岩次郎とは誰だろうと思うのだが、久重の孫だという。久重も誰だかわからない。そこからもちょっと脱線しながら、不思議な物音は樋にはまっていたイタチであることに岩次郎が気づいたことが明かされる。その後例の久重が田中久重であり、別名からくり儀右衛門だと明かし、ひとしきり田中久重の説明に脱線していく。あのからくり儀右衛門が鍋島家に仕え蒸気船の製造にかかわっていたとは知らなかった。そして、たっぷり田中久重の説明に脱線した後に、最後には鍋島家の化け猫話にまで脱線して、第一話の「商人屋敷の怪」は終わるのだ。

その後には、「切り落とされた首」、「拾参号牢の問題」、「嘉瀬川人斬り事件」、「時計仕掛けの首縊りの蔵」、「からくり曼荼羅」と続いていく。そこでも作者はどんどん脱線しながら、幕末の各勢力の動き、江藤新平の事、蒸気船の開発、からくり、手妻などことごとく脱線しながら進んでいくのだ。そして、最後には田中重義・岩次郎親子の最後、江藤新平の最後、鍋島直正の最後と話は及んでいく。そのように話が広がっていくと、この物語の主軸はいったい何なのかと疑問に思わなくもないのだが、主人公は岩次郎なのだと私は思っている。ただ、作者が脱線に脱線を重ねるので、幾ら途中で「話しを戻そう」と戻しても、最後には作者も元に戻せないところまで行きついてしまったようだ。

この小説で脱線しながら書かれている幕末の幕府・朝廷・各藩の動きが、実はコンパクトにまとまっていて非常にわかりやすかった。